私が少年サッカーのコーチをしていた時の話です。真夏の炎天下での試合中、一人の選手が何度も「トイレに行きたい」と訴えてきました。その子は非常に真面目で、コーチに言われた通り、ベンチに戻るたびに大量の水を飲んでいました。顔は赤く、汗もかいている。トイレの回数が増えるほど水を飲んでいるのだから、脱水症の心配はないだろうと私は判断し、試合を続けさせました。しかし、後半戦の途中でその子は突然座り込み、足が攣って動けなくなってしまいました。それだけでなく、ひどい頭痛を訴え始めたのです。これが、後で知った「自発的脱水」と低ナトリウム血症の典型的な例でした。その選手は、喉の渇きを真水だけで癒そうとした結果、血中の塩分濃度が低下し、体はこれ以上濃度を下げないために尿を出し続けていました。トイレの回数が増えていたのは、水分が足りているからではなく、体が水分を受け付けなくなっていた最後の警告だったのです。一方で、別の選手はトイレに全く行きませんでした。この子は逆に、発汗量が摂取量を上回り、尿を作る余裕さえない「真の脱水」に近い状態でした。スポーツの現場において、トイレの回数が増える選手と減る選手、どちらも熱中症の危機に瀕している可能性があるという事実は、当時の私にとって大きな衝撃でした。この事例から学んだ教訓は、現場での観察において「トイレの回数」という主観的な情報に頼る危うさです。以来、私は選手たちの水分補給には必ずスポーツドリンクや経口補給水を指定し、さらに尿の色を確認するように指導しています。トイレの回数が増える選手がいたら、それは「真水の飲み過ぎによる塩分不足」を疑い、塩分タブレットを口に含ませる。逆にトイレに行かない選手には「深刻な脱水」を疑い、休息を強化する。指導者や周囲の人間が、トイレの頻度変化の裏にある生理学的な意味を知っているかどうかが、子供たちの命を救う分かれ目になります。スポーツの熱狂の中では、喉の渇きや体の違和感は麻痺しがちです。だからこそ、トイレの回数という具体的な変化を軽視せず、そこから体の内部で何が起きているかを推測する。この事例は、単なる経験則に頼る熱中症対策の危険性と、正しい科学的知識を持つことの重要性を、今でも私に思い出させてくれます。