数年前の冬のこと、私は仕事の締め切りに追われ、慢性的な寝不足とストレスの中にいました。ある日の午後、後頭部を締め付けられるような鈍い痛みを感じましたが、いつもの肩こりからくる頭痛だろうと軽く考え、手元にあった鎮痛剤を飲んで仕事を続けました。しかし、翌日になっても痛みは引かず、むしろ頭を動かすたびにズキズキとした不快な振動が響くようになりました。それでも私は、病院へ行く時間を惜しみ、コーヒーを何杯も飲んでごまかしていました。頭痛で病院に行くべき目安なんて、もっと動けなくなるような激痛の時だけだと思い込んでいたのです。ところが三日目の朝、目を覚ますと激しい吐き気に襲われ、立ち上がろうとした瞬間に視界がぐらりと歪みました。言葉がうまく出せず、鏡を見ると自分の顔がどこか不自然に歪んでいるように見えました。そこでようやく恐怖を感じた私は、家族に付き添われて近くの病院の脳神経外科を受診しました。MRI検査の結果、私の頭の中で起きていたのは、比較的小規模な脳出血でした。幸い、手術が必要なほどではありませんでしたが、医師からはもっと早く来ていればこれほど悪化させることはなかったし、最悪の事態もあり得たと厳しく諭されました。私が「ただの疲れ」として処理しようとした痛みは、実は血管からの切実な警告だったのです。入院生活を送りながら私は自分の判断の甘さを深く反省しました。頭痛には、いつもの痛みと明らかに違う違和感というものが必ず存在します。私の場合、痛みの場所が少しずつ移動していたことや、薬を飲んでも効果が短時間しか持続しなかったことがその予兆でした。それまでの私は、病院は病気が確定してから行く場所だと思っていましたが、実際には「病気ではないことを確認しに行く場所」あるいは「大きな病気の芽を摘みに行く場所」であるべきなのだと痛感しました。退院後、私は自分の頭痛のパターンを記録するようになり、少しでも普段と違う質の痛みや、持続時間の長い痛みを感じた時は、迷わずかかりつけ医に相談するようにしています。健康は何にも代えがたい資産であり、その声を聞き逃さない勇気を持つことがいかに大切か、あの時の痛みが私に教えてくれました。もし今、慢性的な頭痛に慣れてしまい、自分の体の発するサインを無視しようとしている人がいるなら、どうか私の後悔を鏡にして、一歩踏み出して専門医を訪ねてほしいと心から願っています。
ただの疲れだと思い込み頭痛を放置して後悔した私の体験記