喉の痛みも、内視鏡検査での物理的な異常も見当たらないのに、突然声が出なくなる。このような状態は「心因性失声症」と呼ばれ、決して珍しいことではありません。このケースで最も難しいのは、患者自身が「何科に行けばいいのか」を判断することです。多くの患者さんは、まず自分の体、特に喉に何らかの不具合があると考え、当然のように耳鼻咽喉科を受診します。耳鼻咽喉科の医師が内視鏡で声帯を確認し、「声帯は非常に綺麗で、動きも悪くありません」と告げたとき、患者さんは二つの反応を示します。一つは異常がなくて安心する反応、もう一つは、ではなぜ声が出ないのかというさらなる不安です。心因性失声症は、心理的なストレスや葛藤、逃れられない重圧などが、無意識のうちに「声を出さない」という身体症状に変換されることで起こります。耳鼻咽喉科で物理的な異常がないと診断された後、次に進むべきは心療内科や精神科です。しかし、多くの人は「心の病気だ」と言われることに抵抗を感じ、受診をためらってしまいます。ここで理解しておくべきは、心因性失声症は心が弱いから起こるのではなく、脳が自分を守るための防衛反応として声のスイッチを切ってしまった状態だということです。適切な相談先として、公認心理師や臨床心理士のいるカウンセリングルームも有効ですが、まずは医師の診察を受けて、身体と心の両面からアプローチできる体制を整えるのが理想的です。治療には、心理療法に加え、必要に応じて抗不安薬などの薬物療法が用いられることもあります。また、耳鼻咽喉科と言語聴覚士が連携して、リラックスした状態での発声訓練を行うことも回復を早めます。周囲の対応も重要です。「なぜ声が出ないんだ」「頑張って出してみろ」といったプレッシャーは、かえって症状を固定化させてしまいます。声が出ないことを一つの表現方法として受け入れ、焦らずに見守る姿勢が求められます。心因性の場合は、ある日突然、何かのきっかけで声が戻ることも少なくありません。耳鼻咽喉科を入り口として、自分の心の状態に耳を傾けてくれる専門家へと繋がっていく勇気を持つことが、再び自分らしい声を取り戻すための第一歩となります。身体の不調を心のサインとして捉えることは、現代を生きる私たちにとって、自分を大切にするための重要な技術の一つなのです。
声が出ない状態が心因性である場合の適切な相談先と対応